言葉が通じない。 心も伝わらない。
思いはどこにも届かない。
かつて神の怒りにふれ、言語を分たれた人間たち。

我々は、永遠にわかり合うことはできないのか。
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2010.03.18 Thursday 
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テレサ(toilet)

私は今、ある公衆トイレの個室でこれを書いている。


どうしてこんなところにいるのか、どうしてここでこれを書こうとしているのか、自分でもよくわからない。しかし、ここにいるということに何かの意味を持つことはなんとなく理解している。意識ではなく、体でそれを受け入れている。何を書き残しても結局のところ、これから起こりえることにはなんら影響を与えることはないということはよくわかっている。それは、誰にも変えることのできない未来がそこに待ち受けているからである。それに、私はその未来に対してなんらかの変化を求めているわけでもない。ただ私は、この場所で、この瞬間に、起きた事実について、書かなければならないのだ。それはとてつもなく、膨大な空間に小さな石を投げ込んでいるようなもので、投げ込まれた言葉たちは、一様は輪郭を作り弧を描くが、巨大な沈黙に飲まれて死んでしまう。それでも、あきらめずに投げ込んでいると、私自身に一つ一つの言葉たちの死体が還ってくる。それらを繋ぎ合わせ、もう一度新しい言葉を誕生させる。それができるのは、私自身がその物事に対して何を求めているのかが、明確だからである。そもそも言葉というのはその物事の周りにある死体に過ぎないのだ。それが明確であればあるほど、その言葉たちの死体はいつでも何回でも生き返り、新しく誕生させることができる。

 

 

物事の事実を書くのは、果てしない。イメージや妄想を書くこともまた果てしない。私がどうやってこれを書いているのか、どうやってここまでたどり着いたのか、それは事実ではない。それはただのムーヴメントだ。そういうのは、ただの過程であって事実ではない。私がここで提示している事実とは、私だけのものであって、その中にだけ私の事実が詰まっている。



イメージはその世界を作る。イメージは事実に成りえるのだ。それがここにいる理由だとしたら、事実は私のイメージより生まれ、それに沿ってムーヴメントが起こっているのだ。イメージと現実の境界線があやふやになる。私はどこにいるのか、何を見ているのか、まったくわからなくなる。そこだ。そこに私はペンを下ろす。言葉を投げ込む。物事をイメージから生まれた言葉で詰めていく。すると、ありありとした新たな世界がそこに誕生する。そこの狭い一室で私は柔らかすぎないソファに深く座りながら、誰かを待っている。誰かがそこのドアをノックするのを待っている。しかし、いつまでもそのドアを見つめていても何も変わらない。誰もその部屋の存在など知らないのだ。知っていてもノックする人など、今ではいないのかもしれない。急にバンッと誰かが開けるのかもしれない。私が寝ている間にこっそりとドアを開け、私の寝顔を見て笑っているのかもしれない。いずれにせよ、私がこの部屋で待つということは、ある種の人において、ある種の世界において、まったく意味を持たないのだ。それでもこの世界は何もなかったかのように動いていく。地球は私の関係を拒否するようにグルグルと回り続ける。何も変わらない。世界の当事者になりたくて、私は何もかも飲み込んでいく膨大なその宇宙に強く嫉妬する。その宇宙とは刻々と刻み続けるこの一瞬の中にあるかもしれない、と思う。そこに向かって待ってくれと叫んでも、何も変わらない、と思う。誰も待ってくれない、と思う。



何も変わらない自分を置いて、世界は常に動き、変化し続ける。ここにある思いや、こんなにはっきりとした確信だって、変化という膨大な宇宙に飲み込まれる。そして、それでさえも、変わっていくのだ。あるいは、死んでいく。この一瞬に生まれた言葉さえも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はこの公衆トイレの個室に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、恐ろしく、狭い。この狭い箱の中に置かれているべきものがすべて詰まっていて、そこがなんとなく私に不快感を与える。便器、デンキブラシ、トイレットペーパーのピラミッド、黒と白が分からなくなるくらいに汚れた床のタイル、黄ばんだ便器の底には、私がたった今落としてしまったボールペンの先がまるでずっとそこにいたかのように、奥底でひそかに沈黙を保ち、私を見つめている。

ここの個室トイレのつくりはどこか妙である。通風口もなければ、換気扇もない。完全に外界から遮断されている。この扉がなければ、私はこの個室と共に宇宙へ放り出されていても決してわからないだろう。


おぞましいほどに汚れきった壁には、くたびれたオカマたちが自分の存在を世界に訴えるように書いた射精したペニスの落書きが残されていた。その下には電話番号らしきものがかかれていて、プリーズコールミーと小さく書かれている。私は携帯電話を取り出し、番号通りにゆっくりと押してみた。何回かのコールを聞き、誰も出ないことを確かめると、便器の奥底に静かに電話を落とした。カランという音と共に先ほどのボールペンの先の上にかぶさるように沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

さて、どうやってここから出ようかと考える。この状況から出るのは決して容易ではない。トイレの隅で見たこともない虫があおむけになって死んでいた。そこにはもう二度と戻ってくることのない時間が冷たく横たわっていた。どれだけ叫んでもその死からは逃れることはできないのだ。

私は、と思った。私がこの状況にいるということはいかなる条件によっても、それはもうすでに横たわっているそこの死のように何にも変えることのできない真実であり、何も動かすことができないのかもしれない。

 

しかしながら幸運か不幸か、まだ私は動けた。そして、考えることができた。それが唯一、そこに横たわっている死と向き合える私の最後の抵抗だった。

 

もう一度カバンを探ってみる。先の取れたペンと、血の付いたノートと、メンソールのタバコ、銀紙に包まれた小さい粘土の固まり、えっと、これはなんだっけな、そうだ、おととい麻雀屋のオーナーの中国人から久しぶりに購入した上海産のアヘンだ。パイプもある。

まずはパイプを出してみる。龍が絡みついた翡翠のパイプで、心が奪われるような深く透き通る緑の色が銀の龍と微妙な色合いの中で冷たく研ぎ澄まされている。それを眺めながら深く口に含んだ。昔の畳のにおいがした。このパイプは昔の男が私の部屋に置いていったものだ。。

フルートのように横に持って、まずは柔らかく固められたアヘンを耳掻き一杯分をとって針金の先に巻きつける。それを火にかざしながらくるくると回し丸い形に整えていく。上海のアヘンは質がよく、特に温まると柔らかくなって飴のように扱いやすくなるのだが、いつまでも回しているとすぐに固まってしまう。そして焦げやすい。火に近づけ過ぎると燃えかすを肺に吸ってしまうことになるので、練り香のように直接火にふれさせずに熱し、ほのかなケムリを起こさせる。そしてジュウジュウいってきたら手早くパイプの穴に持っていき、その瞬間にすーっと吸い込んでいく。

この手順もその男が教えてくれた。私がアヘンについて興味を持ち出したのはアルチュール・ランボーが書いたある一節をその男に教えてもらってからだった。

 

「いかにも愛らしい芥子の花で僕の頭をかざってくれた悪魔がわめく、(死を手に入れるんだな、お前のありったけの欲望とおまえのエゴイズム、七つの大罪全部一緒に)」

               

そうだ、七つの大罪だ。私はこの言葉を思い出しながら、アヘンに火をつけようとする。ただ、それを繋ぎとめるために。

               

 

その男とはアヘンに溺れながら何回も恥ずかしいことをした。私の初めてオルガズムを経験した相手でもあるが、それは最悪の思い出でしかない。(アヘンの固まりがゆっくりと火に近づく)

その男は私の足の小指を美しいと言っていつまででも舐めていた。私はそれは決して嫌ではなかったが、ぶよぶよになるまで舐められていた私の小指は私の体の一部ではないように感じた。(火は待っていたかのように固まりに吸い付き、起き上がるようにふわっと膨らむ)

また、あの男を思い出してしまった。あいつは変態だった。そして救いようのないほどに、ウツだった。アヘンがきれるといつも死にたいとか、一緒に死のうとかすぐに言うやつだった。その度に私は彼に対して嫌気がさして、いつもイライラした言葉を投げつけた。「お前」とか、「死ね」とか叫びながらヒステリックにそこら中のものを投げつけた。彼はおびえた目をして私を見つめ部屋の隅の方でガタガタと震えていた。そんな彼を見て、ますますイラついて彼に暴力でぶつけた。それはまるでサディズムの女王のように支配的な思潮に私は酔いしれていた。(グルグルと針金を回しながら、白いケムリを出す)

だけど、彼がアヘンを熱している時の姿を見るとなぜか安心した。彼はいつも感心してみとれるほどに、アヘンの固まりを操るのがうまかった。ガンジャもときどき吸ったが、これをジョイントに巻いていくのがとてつもなくうまかった。どうやって、そんなに手早くきれいにできるのかと聞いたら、おれの頭の中にはいつも小さな虫がいて、そいつがおれの手先を操っているんだよと冗談を言って笑ったが、私は本当だと思った。(ケムリは緑色の翡翠を通り抜け、肺の隅々まで行き渡る)

私は白いケムリの奥で彼のニヤニヤした顔を見るのが好きだった。サティやチャイコフスキーの激しい旋律をLDで聴きながら、彼に抱かれるのが好きだった。私の足の小指を口に含みながら、上目遣いで私を見る視線が好きだった。

彼は、彼は、彼は。

いつのまにか私の体はあの男でいっぱいになっていく。(我慢していた呼吸をゆっくりと白い空中へと返していく)

 

 

だんだん目がうつろになってきた。ケムリが目に入った。その瞬間、パイプが手からこぼれた。ガラスの鋭い音がトイレ中に響きわたり、そのあとに続くようにものすごく重い沈黙の波が押し寄せてきた。その沈黙は先ほどの鋭い音を閉じ込めるように包み込むと、沈黙はキーンとした遠くから聞こえてくる耳鳴りに変わった。気づいたときには、私は便器にうつぶせて嗚咽するように泣いていた。ガタガタとふるえながら、割れたパイプのガラスの破片を握り締めて泣いていた。

 

泣くのなんて何年ぶりだろうか。しかもこんな風に一人で泣くのは初めてかもしれない。男をだますために泣いたのは何回もある。こんな風に過去を振り返ってセンチメンタルになるのが、人間で一番最低な感情だと思っていた。友達が男にふられて毎日泣きながら電話してきた時に、私はぜったいこんな女にはなりたくないと誓ったんだった。自殺してやると言った彼女に簡単に男に依存するような女はさっさと死ねばいいと言ってやった。翌日、彼女はリストカットをして病院に担ぎ込まれた。傷は浅く、死ぬことはなかったが、病室のベットで彼女は両親にどうしてそんなことをしたのかと問いつめられ、私に死ねと言われたとまためそめそ泣き始めたらしい。その日に、その両親はものすごい形相をして私の家に怒鳴り込んできた。私は知らないと一点張りに叫んで追い返したのだが、その後にいやがらせの電話やファックスが多くなり、私は一度彼女に電話したことがあった。その時彼女に会いたいと言われ、会いにいった先で彼女と何人かの男に強姦された。終わった後に、彼女はハイヒールで倒れた私の顔を強く踏みつけ、あんたみたいなやつは、と何回も言っていたのを思い出した。

 

それでも私は泣かなかった。泣いたら終わりだと思った。男がアヘンでズタズタになって死んでも、この世で信じれる人間が誰もいなくても、大切にしていたこのパイプが割れようとも、私は泣かないんだ。

               

    でも、どうしても、さっきから胃のほうから込み上げてくるものが、嘔吐するように溢れてきて、抑えきれない。

 

私は泣きたいんだ。私は何かに泣きたいんだ。それが、何か分からなくても、今まで失ってきたものを埋めるように泣きたかった。悲しいんじゃない、寂しいわけでも、空しいわけでもない、これは一種の宇宙の儀式のようなものなんだ、どんなに幸せでも、どんなに心が満ち溢れていても、人はある時に、一人で何かに向かって泣かなければいけない。

身心の痛みはこのアヘンが埋めてくれる。だが、この宇宙の法則による、無限の痛みは何も埋めてくれない。誰もそれを支配することはできない。その絶対的な何かに対して私は激しく涙を流している。そう考えると、私はこの宇宙と、その絶対的何かと、一体化できるように思えた。常に嫉妬し続けていたものに、私が泣くことによって右にあるものと左にあるものとの調和が許されたように思えた。私が提示したかったのは、これだったんだと涙をぬぐいながら思った。アルチュール・ランボーのあの詩が私の頭にこびりついて離れないのも、こういうことだったのかと思った。「七つの大罪」とは、私が泣くことによってすべて許されるのだ。

その時、私はトイレの隅に小さなマザーテレサの幻覚を見た。そしてそれは私に、すべてを許しなさいと訴えかけていた。

 

私は拒否した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はトイレを出て、彼が待つテーブルへと戻った。



2009.04.26 Sunday 00:26
テレサ comments(0)
テレサ(Cello) part1
 また、夏がやってきたのだ。早いものでここに住むようになってから今年でもう十三回目の夏を迎える。そういえば、あの時も同じように、こんな風に遠い空に浮かぶ白い雲をぼんやりと眺めていた。 

あの時と違うのは、私が住んでいる所がまったく変わった言語を話すことと、あの時よりも幾分、年を取ってしまったということだけだった。

 

古くなったチェロはあれ以来弾いていない。誰も触れることのない黒い沈黙に包まれ、くたびれた壁にもたれながら眠っている。すっかり錆びた四本の弦の上には、蜘蛛さえ出ていってしまった時間の経過だけがこんこんと降り積もっている。

私はそのチェロが置いていった時を眺めていると、ものすごくぼんやりしてしまう。


時々、その上に手をかざしてみる。ひんやりとしたその空間は、沈黙を確固として守り抜いて静かにもてあました時間を殺していた。

 

もしもあの時、私があの男に何か言ってやれれば、彼は何も失うことはなかったんだろうと思う。それよりももっと大切なものがあって彼がそうしてしまったという事実がその理由としてあるのだが、結局のところ、私は何もできなかったように思える。誰も動かせないような決断がしっかりと彼の奥底で根をはり、立派な葉をつけ、青々とした果実が成っていた。それが自然と熟して落下し死んでいくことは、私自身とは全く関係のないところで行われている一つの自然のサイクルにすぎなかった。たまたま、そこにいた私は砂煙に巻かれて、うっすらとそれを見てしまっただけだった。


しかし、一般的に人はそれを「関係」という。ただの傍観者でさえ、映像や音としての情報が自分の中に入ってくるだけで、その瞬間からそこにある実態に「関係」を持ってしまう。ただそれは受身だけの「関係」なのだが、それに応じて何かしらの反応をそこに示してしまうとその「関係」は確かなものになり、少なからずその相手の世界に影響を与えてしまう。

私はどちらかというと、彼に出会う前にそういうことは熟知していた。そして、そういうことに対してとても慎重だったと言ってもいい。


だからその頃、私は決して他人の発した情報を受け入れようとしなかったし、私自身からも誰に対してもあらゆる「関係」を完全に遮断した。例えば、顔の表情を変えないように、毎朝化粧する時間を短くして、代わりに長い時間あごや頬の筋肉を丁寧にほぐしていたし、人と話す時も、イライラした言葉を並べ立てて口が切れそうなぐらいに早口にしゃべるようにした。しぐさや癖も自分なりに調節しながら、新しいことをテレビや新聞などで研究しながら自分自身のものとして作り変え、取り入れていった。



社会ではなるべく目立たないように心がけた。どうしても「関係」を作らないと生活できないような相手とは、なるべくうまくやった。まず境界線をまっすぐに引き、シンプルな言葉を選び、シンプルな相槌をうち、シンプルな情報の交換を行った。その相手は相手にしかすぎなかった。私と相手、私と何か、私と石でも会話は成り立ちそうな気がした。それに気づいた相手は顔を不思議な形に歪め、居心地悪そうに私から去っていった。そういった私の生活は、私をある程度孤独にさせたが、昔のような他人に期待したり他人に自分を見出したりしなくなった分、洞穴のような空虚感を味わうことは少なくなった。私は自分で自分の世界を築き、そこに生きていた。外部と内部に分け、その繋がりを持たないように常に心がけていた。


何もすることがない日には、海岸に出掛け、石を集めた。なるべく丸くて小さい石を集めた。そして、その石を大きいものから順に一つずつ、ゆっくりと積み上げていくのが何よりも楽しかった。不安定に積み上げていく危険とスリルに満ちたそのゲームは、バランスを失い、崩れ落ちた時が一番興奮した。崩れていく瞬間に何度もフラッシュバックのような断片的な映像を脳裏に見た。晴れやかに野原を駆けていく子供たちの笑顔や、豚を解剖する時の実験画像や、何千万という人々がイスラム教の式典に同時に集まってくる時の映像などを、リアルに、そして一瞬に見た。それらは私を幾らか圧倒し、抑制し、崩れ落ちていった後にはオルガズムを終えた時のように私の精神を安定させた。その快感は破壊だった。今まで一生懸命に積み上げてきたものが音を立てて一瞬で崩れて行く姿は、あまりにも滑稽で、おかしかった。そして、何度もリセットされていく石たちと時間を比較し、私は私とその石とその物事の破壊の繋がりについて考えてみてみると、そこには破壊における爽快感にその深い「関係」の結び目を見つけることができた。



あの男に出会った時、彼は私のその破壊に対しての定義を何度も褒めてくれていた。

 




2009.04.26 Sunday 01:20
テレサ comments(0)
テレサ(Cello) part2
 チェロを始めたのは、その男と会う6年ぐらい前からだった。私は孤独だったが、その大きな存在感のあるチェロを抱きしめていると、不思議と心が安らいだ。まるでそれは男にあつく抱きしめられている時のようで、初めて手を触れた時、私の胸を熱くさせ、不思議だが少しだけ濡れた。弦は硬く締まっていて、それを指先で少しはじくと音のかたまりが胸を震わせ恥ずかしそうに私の中に入ってきた。それは低く、深く、いつまでたっても消えることのない振動だった。それはまるで、バージンを失った時のように繊細でどこか荒々しく、不器用な音だった。チェロの先生が弓で軽く擦った時には、私は一瞬気を失ってここがどこか分からなくなるほどだった。柔らかく、美しい旋律が私をどこにも行かせなかった。私は先生に正直にそれを告げると、先生はチェロやバイオリンのような弦楽器の弦にはさまざまな命が具わっているのだと言った。そして、私たちはその命を音として解放してあげているにすぎないと。


すぐに私は近くの大型楽器屋店でチェロを注文した。値段を聞いた時は、おもわず息を呑んだ。そんなに持ち合わせがなかったので、長年愛用してきたBMW109をすぐに売りに出した。昔の男に貢いでもらったものだったのだが、実はけっこう気に入っていた。タイヤも新品に交換したばかりだったし、車検も終わってすぐだったので、意外に高く売れた。売るのはやはり少し惜しかったが、チェロが家に届いた時には、本当に涙が出そうになった。私の部屋は狭かったので、部屋を見渡すとあまりのその大きな存在感に周りにごちゃごちゃとあったものがそのチェロを中心にしてとても落ち着いたように見えた。

そっと後ろから抱きしめると、チェロは恥ずかしそうに私を受け入れてくれ、まだその不器用な音をためらいながらだしてくれた。その振動は胸を伝って私の中に入り、私の中にあるすべての感情を昂ぶらせた。何もかもがその音色によって中和されていくような感動を覚えた。

 

そうして私はチェロの音色にはまっていったのだった。

               

ある日、小さなバーでタンゴのカルテットに参加した時、前のカウンターの端でひょろりと座高の高い男が激しく揺れる私の指先を見つめていた。演奏が終わっていつものように丁寧に弦を拭いていると、その男が話しかけてきた。少年のような無邪気な表情をして、おつかれさまです、と笑った。


笑顔は少年のようだが、服装や目つきや声のトーンは妙に老けていて、そのギャップが私の興味を膨らませた。お疲れ様、と私はわざといかにあなたと話したくないかということを体の全面から出しているように見せた。そういうことは得意だった。日常に誰に対してもそういう風に生きてきたから。


「よくここで弾いているんですか。」と彼はそんな私を無視するかのように、更に無邪気な笑顔で聞いてきた。私は無視されたことに、少し腹立たしくなり、そうよ、とぶっきらぼうに宙を見ながら言ってやった。


「へえ、いいなあ。おれ、ここは初めて来たんですけど、今日の演奏、よかったなあ。」彼も同じ方向の宙を見ながら言った。ふと、彼を見ると、さっきの無邪気な笑顔は消えていて、代わりにこの上ない悲しみに満ちた表情に変わっていることに気づいた。その時の彼の表情が今になっても、手に取るようにありありと思い出すことができる。


「あなたの指、見せてもらってもいいですか?すごいですよね、女の人であれだけ強いチェロベースを弾く方ははじめて見た。」と彼はおもむろに私の手を取り、指を撫でた。あまりにも自然で私はしばらくあっけにとられて、何も言えなかった。自分の胸が突然のことにだんだんと飛躍し始めているのに気づいた時、やめてよ!と叫んで、いつのまにか彼を突き飛ばしていた。こんなに自然に誰かが私の中に入ってきたのは初めてのことだった。


私の今までの努力がまるで無駄だったかのように、そういう私を見透かしているかのように、彼はごく自然に私と彼の間に関係を作ろうとさせた。それがものすごく不快であって、なぜかすこし安堵させた。


その後のことはあまりよく覚えていない。確か彼は、手をすり合わせてごめんを連呼し、それを無視しながら家に帰ったような覚えがあったのだが、私はいつのまにか、ホテルのバーでドライマティーニをおかわりしていた。酔いつぶれてたんだと思う。朝、起きると隣で知らない男が寝ていた。あの男だったら、と胸が騒いだが、寝ている後ろ髪を見ただけで違うと分かった。


なぜかあのわずかな時間で私は彼のあらゆる容姿を覚えてしまっていたのだ。髪は短く、ボサボサだった。細長い一重の目はゆるやかな曲線を描き、眉間に下っていた。尖った右眉に小さい古傷があって、笑うとそれがプクッと膨らんで深いシワになった。唇は薄かった。そして、大きな耳。


でもあの一瞬の悲しい顔はまるで別人だった。あんな顔をされたら誰だって掻き乱される。もしかしたら、私にだけ見せてくれたのかもしれない。あの笑顔も本当は私にだけ・・・。


私は下着をはきながら彼の一つ一つを思い出し、ニヤニヤした。そして、そんなニヤけてしまう自分がとても恥ずかしかった。今まで誰とも心の関わりを拒否し続けてきたもう一人の自分への恥だった。今更、私になにができるのかという恥だった。


でも、どうしてももう一度だけ彼に会いたかった。もう一度会ったら私は今度こそそんな自分をはっきり否定できるんだ。冷ややかな目を向けているもう一人の孤独な自分につぶやいた。もうちょっと待っててね、私はあんたを裏切らないから。

 

しかし次に彼に会った時には、すでに私はもう一人の自分を裏切っていた。

 



2009.04.26 Sunday 01:23
テレサ comments(0)
テレサ(Cello) part3
 その週末には彼から電話があった。どうして私の電話番号が分かったんだろうなんて思わなかった。不思議に年を感じさせるその声が受話器から聞こえてきた時には、本当に心臓が爆発するぐらいにおどろいたが、その後に続くごめん、ごめんと情けない声で言い続ける彼をおかしく思って、私は笑ってしまった。「お、笑ったね。」と彼も笑った。そんな私を自分で感じるのは久しぶりだった。笑いがこみあげてくる。心が躍っている。目に映るあらゆるものが踊っている。私と踊りたがっている。このまま永遠に踊り続けたい。風も、太陽も、空も、すべてが色彩に満ちあふれ、私を祝福していた。この世界はこんなにも鮮やかだったんだ。知らなかった。今まで何回も破壊してきた「関係」の青い糸が私の体から飛び散っていき、あらゆるものとぶつかって結び直されていく。あなたと笑い合うことでこんなにも世界は変わっていく。涙がこぼれた。おもわず、彼の声が聞こえてくる受話器ごと抱きしめたくなった。慈悲で包まれている世界中の人々を抱きしめたくなった。マザーテレサのように。

 

 

彼とは何回も抱き合った。抱き合う度に私はこの世のものではないような至福に包まれ、触れ合う度に、今までカラカラに乾いていた私の心を激しく震わせ、終わった後にはしっとりと濡れさせた。まるでそれは、出会うことが許されなかった二人が、誰にも知られない場所で激しくどこまででも落ちていけるスリルをいつも感じることができた。

 

しかし、時々見せるあの空虚に満ちた表情を垣間見る度、私にはこの人の空虚は埋められないと思った。そして、ずっとこのまま彼といると同じような空虚に満ちた自己嫌悪に落ちていくのではないかと恐れた。


そして、ある日を境に彼はおそろしく暴力的になった。それは、彼が夜中にごそごそと何かを取り出し、火をつけていたのを私が見てしまった日だった。何してるの?私の問いに彼はただニヤけるばかりで、パチパチと燃えるケムリを暗闇の中でおいしそうに吸っていた。


「お前にはわかんないんだ。お前には。」ただ、一言こういってただひたすらに火をつけていた。ゆらゆらと揺らめく火の明かりに照らされたその恐ろしい表情を暗闇の中で見たとき背筋が凍った。それが何かわからなかったが、何かいけない誘惑の匂いが部屋にたちこめていたので、それが麻薬だということだけは私にでも分かった。どうしてなの?、とふいに涙が頬を伝い、涙声の情けない声が出てきた。くやしさと、あきらめと、嫉妬が同時に私の奥底で湧き上がって、私は急いで彼のパイプを取り上げて、窓の外へ放り投げた。彼はそれでも、そのニヤニヤとした表情を崩すことなく、私を見ていた。パイプから落ちた火種が古い畳を焦がしていた。おもわず、私は部屋を飛び出していた。彼は何か叫んだように思えたが、気のせいかもしれない、振り返らなかった。誰かがものすごい速さで私を追いかけているような気がして、叫びそうになった。どこまで来たのか、疲れてその場にしゃがみこんだ。道のコンクリートが冷たくて気持ちよかった。このまま、ダンプカーにひかれても誰も私の死体をかき集めてくれる人はいないような気がした。

 

私はこんなに情けない男をなぜこんなにもいとおしく思っているのか、その時の自分では決して分からなかった。ただ、彼の空虚に満ちた表情がどうしても、忘れることができなかったのだ。

 

 

 

彼と別れてから、すぐにチェロを辞めた。

 

 

ある日、チェロを引き取りに来てもらうように業者に頼んだ。なぜか私はその日ものすごく慌てていた。作業員に書き込み用紙を渡されて、なぜか包丁を持っていった。作業員はそれを見て驚いてとても大きな声で叫んだ。何を叫んだかは分からないが、その声がまるで戦争映画で見た軍事司令官の命令の叫び声ようで、私は怖くなってその包丁を振りかざし、作業員の腕めがけて振り下ろした。包丁は簡単に腕にめり込み、鮮やかな紅が噴出した。それはあまりにも鮮やかな色で私はおもわず見とれてしまった。作業員はぶらんぶらんになった腕を持って、泣き叫びながらもう一つの腕で私を殴った。


いてえ、何やってんだこいつ、あたまおかしいんじゃねえのか、え? おれがなにしたっていうんだよ、いてえよ、これがいたえっていうのか、こんなにいたいのはじめてだよ、おい、いてえ、くそ、こんなばいとで、ちくしょう、やっぱひっこしにすりゃよかったんだ、ちょうしにのってがっきやではたらいたのがまちがってたんだ、いてえ、こんなちぇろなんていまどきもってるおねえちゃんなんていかれたいんらんしかいねえよなあ、え? ふつうならもっとぎたーとかべーすとか、おねえちゃんだったらばいおりんとかふるーととか、かうんだろうね、そんで、それをあそこにいれておなにーとかしちゃうんだぜ、でもこのいかれたいんらんはこんなばかでかいちぇろなんてもっていやがって、そんなんでおなにーすんのかよ、え? おまえのあそこはそんなにでかいのかよ、いてえ、なんでおれがこんなめにあっちまったんだ、ちくしょう、いてえよ、いてえ、どうしてくれるんだよ、え? おれのだいじなあかいちがどんどんながれていくじゃねえか、おい、きいてんのか、え? このいんらん、おい。


私はさっき殴られた頭をおさえながら、レコードのところへふらふらと歩いた。急に音楽が聞きたくなって、ペギー・リーのLDを探し、Taint Nobody Businessに針をおいた。柔らかい彼女の歌声が部屋に響き渡る。この曲を初めて聴いたのはあの男と初めて寝た時だった。ジャズなんて聴いたことなかったが、なんて心を落ち着かせる歌声だろうとうっとりした。このおばさんは、声を潰すためにわざわざ海でずっと歌ってたんだと男は腰をゆっくりと動かしながら言った。海岸で一人の女がこんな声を得るために海に向かって何度も同じ歌を歌って必死に練習している姿を想像してみた。それはあまりにもちっぽけで、滑稽だった。一つのことに対して、何もかも捨てて必死に追い求める姿を人に見ると私はおかしくてたまらなくなった。そんなことをしても何にもならない。誰も褒めてくれない。誰も認めてくれない。やっとそれが手に入っても結局それしかできなかったということだけなんだ。そんな限られた人生なんて、想像しただけで吐き気がする。


おい、いんらん、おまえ、わかってんのか、おい、いてえんだよ、おれは、けいさつよぶぞ、いや、びょういんのほうがさきだ、だってほら、こんなにちがでちまって、どうしてくれるんだよ、いてえ、おれはな、こんなばいとをしながらかねためてあのかわいこちゃんのためになんかかってやろうとしてるんだよ、あのかわいこちゃんはな、おまえみたいないんらんじゃなくてな、まいにちくまさんのにんぎょうとかだいてねてて、せっくすのせもしらないようなめちゃくちゃじゅんすいなこなんだよ、おなにーもしらないんだ、どうしてわかるって?そりゃおれがわざわざでんしそうがんきょうまでかってかんししてるからだよ、まいにちまいにちたいへんなんだぜ、にっきもつけなきゃいけないんだ、からだのどこにほくろがあるとか、どこにけがはえてるとか、さいきんあそこにちょっとうぶげがはえてきて、あのこはそればっかりきにしてる、かわいいよな、たまんないよな、おまえみたいにさかなのくさったみたいなにおいなんてしないんだぜ、きっとせっけんのにおいしかしないんだ、あ、そうだ、さいきんはせっけんじゃなくて、あそこにだぶのしゃんぷーつけてるんだった、わすれてた、わすれちゃいけないことわすれてた、おまえのせいだ、おまえがいきなりほうちょうでおれのうでをきったからだ、ちくしょう、ぜんぶおまえのせいだ、おまえなんかどっかのすらむでうしみたいなおっぱいだしていろんなおとこにまわされればいいんだ、あのかわいこちゃんとはぜんぜんちがうんだ、あのこはおれだけのもんだ、おれがさいしょにあのこのうぶげのはえたあそこをなめるんだ。


私は作業員のどんどん膨らんでいくあそこを見ながら、あの男のことを考えていた。彼と別れるとき、彼は私に粘土のかたまりのようなものを置いていった。アヘンだった。最初よく分からなくて少し舐めたりしてみたが、まずかったのでそのままにしておいた。しばらくたって、彼から電話がかかってきた。「おれがお前に渡したやつ、やったか?」「お前は溺れんなよな。お前はおれの初めての女だったから、お前ははまんなよな。捨てろよな。」と言ってしばらく沈黙があった。彼は何か私に言って欲しそうだった。思いっきりののしって欲しそうだった。泣きついて戻ってきてと言って欲しそうだった。


じゃあ、どうして私に渡したりしたの、おかげで私の人生はペギー・リーのようになった、一つのことしかできなくなった、誰にも関係を持てないようになった、私はあれからあなたのことをずっと待ってた、いつかこれを取りに来るんじゃないかって待ってた、石を積みながら、あなたが褒めてくれるかもしれないと思って、いろんなことを破壊しながら私は待っていた、孤独なんて思わなかった、あなたがいたから、あなたがすべてだったから。


結局、私は何も言わず電話を切った。そして、もう一度アヘンに火を点け白いケムリを深く吸った。

 

 

しばらくして、私はギリシャに来た。アヘンの最古の土地、ギリシャのクレタ島にはデメテールと呼ばれる女神象がある。最初にアヘンを発見した女神、それは古代ギリシャ語でケシを意味するメコンと呼ばれる土地だった。そこは神と人間を分かつ土地。


この目で見たかった。彼が私に置いていったものの正体をずっと追い続けていたからだ。それがアヘンであろうと、石であろうと、関係性であろうと、破壊であろうと、マザーテレサであろうと、私にとって唯一の物だった。


イラクリオン考古学博物館のガラスケースに入れられたアヘンの女神は私に、お前たち人間には何も及ぶところなど一つもないんだと言わんばかりに、両手を上げ安らかに目を閉じていた。とてもやさしい顔をしていた。私にも、こんなやさしい顔ができるのだろうか。すべての痛みを解放出来る時、人間は、私でさえも、こんな女神のような表情になれるのかもしれない。アヘンはこの世で一番美しい自然の驚きと喜びの贈り物なんだとイングリッシュパブのギリシャ人が言っていた。それがなんであれ、私にとってはこれはただの粘土の固まりにすぎない、火をつけると過去への謝罪にしかない、と私がいうと、お前は中毒者だ、ガン患者のようなものだ、と言われた。

 

それから、私は昔ケシ栽培が盛んだったシキオンと呼ばれる土地へ足を運んだ。今では一本のケシもない。丘の上から見渡せる海がとても心地よかった。海のはるか向こうから吹いてくる風が私の頬をなでた。


ここで、どれだけの人がアヘンに依存したのだろう。どれだけの痛みをアヘンによって解放されたのだろう。私のように、底なしの沼に何かを埋めるようにアヘンを求めた人はいたのだろうか。きっといたと思う。人類のあらゆる痛みからの解放から、無感覚からの本当の痛みを引き出させるアヘンのすごさを知ったものもいただろうと思う。私は後者でよかったと思った。人間は痛みを忘れたら終わりだ、痛みがあるからこそ生きている感覚があるのだ。アヘンはそれを私に教えてくれた。

 


ここで過ごす夏は日本のどっぷりとした夏ではない。太陽の質が違う。私は今日もヌードビーチで寝転びながら、男のブラブラと垂れ下がる黒いペニスを見ながら、ドライマティーニをおかわりする。ここのアヘンは輸入もので質が悪いので、最近はコカを買っている。

 

 



2009.04.26 Sunday 01:28
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