言葉が通じない。 心も伝わらない。
思いはどこにも届かない。
かつて神の怒りにふれ、言語を分たれた人間たち。

我々は、永遠にわかり合うことはできないのか。
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2010.03.18 Thursday 
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The Chaos(part 1)
  

深い河が目の前で流れている。

昨晩上流で降った大量の雨で河は増水し、流れはいつもよりも急だ。

細い流木のようなものが右から左へ少年の視界を猛スピードで走って行く。


これからもっと増水してここまで来そうだな、と少年は自分が立っている高い堤防から見下ろしてそう思った。

少年ははるか向こうの上流の方から吹いてくる強い風をうけながら、我が家から漂う羊スープの匂いを感じることができた。

それに今日はきっと昨日よりも雨が降る、雲一つない青空を見上げてそう思った。

少年は先ほど降りてきた坂を一気に駆け上がった。

駆け上がったところの小高い丘には一本だけ高いヤシの木があった。

もう何年も前からずっとこの場所にあるのだと村長が言っていた。この木にできるヤシの実だけは、飲んではいけないという村の昔からの言い伝えがあった。

そして住民はそれを深く信じていたのだけれど、泥酔した若者がそのヤシの木に登って実の房ごとを切り落としてしまったのだ。



その時のことは少年も覚えている。村人たちが夜中に集まって騒いでいて、母も父も外で立ち尽くしていてぽっかりと口を開けていた。姉の奇声が少年を深い睡眠から一瞬で目覚めさせ、うちを飛び出した瞬間にものすごい地響きと共に村人たちの叫び声があがった。見ると頭を真っ赤な血に染めた若い男が倒れていて、そしてまだ小さく痙攣していた。


よく見るとそれは少年の兄だった。

母は泣き叫びながらその場で失神して地面に向かってまっすぐに倒れ、父はずっと口を開けたままそこから動こうとしない。その間を姉がすり抜け長男のもとへ駆け寄る。兄は白目をむき、口から大量の白い泡を吐いていた。姉は彼の頭を抱きかかえようとしたが、頭のどこからか溢れてくるヌルヌルとした温かい鮮血で滑って何度も落としそうになっていた。姉の真っ赤に染まった手はつかみどころのない高い宙に浮かびあがったと思うとそれはすぐに姉の顔を覆い、聞いたこともない低い声でうめき始めた。



その時の幼かった少年の目はその光景にある色彩だけを焼き付けようとしていた。少し欠けた黄金の満月、黒い空、黄色い砂、ヤシの葉、赤く染まった姉の紺の裾、誰かが持ってきた松明の炎の中で光沢を帯びた様々なものが色彩を浮かびあがらせ、それは少年の脳裏に深く刻まれたのだった。     



少年はこの丘に立ってそのヤシの木の峰にそっと手を置いてみた。ここから見れば村を取り囲むようにできた三角州を一望できる。北の方を見ると、死んだ兄がいつも言っていた町が小さく見える。あの町には人がアリのようにいるんだぜ、女たちがきれいで男がその女たちを買ったり売ったりできるんだ、おれはあそこへ行って、女たちを使って大金持ちになるんだよ、お前も一緒に来るか。



少年はどうして女たちを売ったり買ったりするのかがわからなかった。町の人間は女たちを食べるのだと思った。だから姉が町に出稼ぎに行くと言い出した時に少年は恐ろしくなりやりきれない感情が涙や叫び声に変わった。食べられないよ、大丈夫。姉は笑っているのか泣いているのかわからない顔で少年をなだめた。

姉は村でも一番美人だと隣人が話していたのを聞いたことがあって、姉がそういう顔をした時にはもう姉とは会えないのだということが突然少年の頭に入ってきたのだった。

   



2009.04.20 Monday 20:49
カオスtoピンクゾウ comments(0)
The Chaos(part 2)
 少年はそれまでほとんど姉に育てられた。
母親は少年を産んだ直後に白痴になり、姉は6歳のころから、少年や兄の世話で毎日を過ごした。父親は漁師で3ヶ月に1回帰ってくるかどうかもわからないほどで、河を下ってはるか隣国へ魚を売りに行っていた。その時の父の存在はまるで天災のようだった。ある日窓を開けたら、いきなり父が立っていて殴られる、姉は髪を掴まれ裸にされ犯される、母がそれを見ながら指を差して笑っている、兄はそんな姉を守ろうと父に飛びかかる、少年はだまってそれを監視している、そういう役割だった。それはそれぞれがその役割について、それぞれを演じているような時間だった。少年はこの時間を忘れないでおこうと思った。僕はここにいて見る役目だから見てわすれないようにしなければ、と思った。



天災が去った後の家の中は、いつも少年が一人で隅々まで片付けた。姉は全裸で床に転がっていて、兄は顔中に血だらけの瘤を作り、母ははだけた胸を見せながらクスクスと体を震わせて笑っている。裂かれた蚊帳を広げきれいにたたみ、割れた皿を一枚一枚拾っていく。それが全部終わると姉の服をたたんで姉の近くにそっと置く。兄を外へ連れて行って井戸の水で固くしぼった布で傷口を丁寧に拭く。母にご飯を食べさせ、ドラム管に水を張り薪で下から火をかける。母と姉を連れて行き、背中を流してやる。その時になって初めて姉は泣き出し、それから夜通し泣き声が止むことはなかった。そういった一連の流れを少年は何度も経験していたので覚えている。それは記憶ではなく、体が、何千何万という細胞の核となる部分がしっかりと覚えている。



その時、父が憎いと思ったことはない。姉や兄はむろん憎んでいたかもしれないが、少年の心にはまだ誰かを憎いと思える機能が備わってなかったのかもしれない。だから父のことはただ自然とやってくる神からの災いだと受け入れていた。それによって、姉や兄が傷ついてしまうのは自分はどうしようもできないことなのだと。



姉は普段は静かに顔に笑みを浮かべていた。例えば、少年がわがままに物を欲しがった時も、兄が酒を呷り姉に対して愚痴を並べ立てる時も、母が突然気が狂ったようにそこら中の物を投げ飛ばす時も、いつも冷静で優しく誰かのその手を握り、風のように微笑んだ。兄は反対に姉のそういうところに苛立ち、家に帰らなくなってますます酒に溺れていったように思える。



ある日、スコールで畑に出れず姉が家の中で窓の外を見ながらいつもの裁縫をしている時だった。針はうねるように布を走り、姉の細く丸い指先を追いかけて走っていった糸が吸い付くように布地に縫われていく。少年は姉のそんな手先を見るのが好きだった。雨が降ると姉は決まって畑から帰ってきてから黙って裁縫に取りかかるのだった。雨の音と、するすると登っていく鋭く光る針の細かな音だけが家の中に響き、それは少年にとって何より落ち着くことができる音色だった。



姉の手先をぼんやり見ていた少年は、その手先に落ちる水滴を見逃さなかった。それは雨のしずくだったのだけれど、姉は今にもこぼれ落ちそうなほどの涙をつぶらな目にいっぱい溜めて、雨を見ていた。表情にはいつもの微笑みはかすかに残っていたように少年は見えた。目を見なかったらいつものような表情だったろう、しかしその目は何も見ていなかった。激しい雨が窓から入り込んできたが、姉はその日窓を閉めようとしなかった。窓のひさしに降る雨粒が姉の頬に弾けとんでも、黙々と手先を上下に器用に動かし続けていた。姉の長く黒い髪からつたう水滴が涙と共に、指先に落ちていく。



姉は静かに顔を歪め泣きはじめた。少年はたまらなくなってもう一度針のほうに目を向けた。針は魂を込められたようにひとりでに動いているように見えた。



次の日に姉は町に出ると言い出した。母と家畜の世話を頼まれた少年はまだ13歳になったばかりだった。村の人たちが引き止めたが、彼女の意思が固いということは彼女の目が語っていたので、皆はただすすり泣くしかなかった。少年はただ一人泣かなかった。



「行ってくるね。母さん。」

母はただぼうっと窓の外を見ながら何かぶつぶつと一人で話している。急に、ワアッと叫んでみんなが腰を抜かすのを見るのが最近好きなのだ。その時も同じことをしてケラケラと笑っていたが、誰も見ていなかった。


「ロイ、母さんを頼むよ、すぐに帰ってくるからね。ロイ!」

姉がそう話しかけた時には、もう既に少年は河の方へ駆け出していた。姉がどうして泣いていたのか、どうして街なんかに行くのか、そんなことを考えている自分が急に嫌になった。


行きたければ、どこにでも行けばいい。おれには関係ない、姉が泣いていた理由など知りたくもないんだ。何もかも嫌になって、そこから逃げてしまいたいと思った。あの河のように留まることを知らず、何かに流されながら常に変化し続けたいのだ、おれは。



少年はヤシの木の前まで、今までないくらいの早さで着いた。そこから坂を転がるようにして河岸まで走った。足場の悪い岩を駆け上がりながら、何度も岩場の間に足をとられ擦り傷を負ったが全然痛くなかった。


血だらけになった足を引きずりながら、やっと兄と昔よく来ていた岸壁に辿り着いた。


そこから見る河は何度見てもそれぞれ違う形を見せる。河辺に住む人たちが洗濯したり体を洗ったりしていた。


兄ちゃん、おれはこの街が嫌いだ、みんな何を考えているのかわからない、でもあの街には行きたくない、女が売られるってなんだ?姉はどうして食われにいくんだ?腹を引き裂かれて腕と足が切断された姉を想像した。真っ赤だった。あの時の兄の頭のように真っ赤だ。


少年は雄叫びをあげながら助走をつけて岸壁の角を片足で蹴った。その瞬間自分の体がふわりと宙に浮き、落下しているのさえわからなくさせるほどの風が少年を包んだ。



おれは、この風になりたい。一瞬でもいい、そうだ、この感覚だ。



2009.04.20 Monday 21:24
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ピンクのゾウ(part1)
 高橋は誰かに似ていた。さっきからそれを思い出そうとしている。

あれは誰だっけな、ヒステリックでインドで行方不明になったトオルだったかな、あ、違う、トオルはもっと髭もじゃで、顎の辺りとかがもっとシュッとしていた、変態なセックスをたくさんしたケンジでもないし、あ、そうだ、奥さんがフィリピン人だったあのおやじだ、ううん、でもはっきり思い出せない。さっき頬を高橋に思いっきり殴られたせいだ。


脳がまだ震えてる。さっきから沸々と出てくる男の映像が振動しながら高橋の鼻の先の辺りに重なろうとしているのだが、なかなか定まらない。いつもなら、けっこう適当に当てはめられる。こういう男はこうだ、っていうようなやり方があって、それでだいたいの男はあたしと寝る。


あたしを美人だといったのは一人しかいない。ソイツはずっと昔から映画を作ってるって言ってた。君を書きたいから君の今までの男の経歴を教えてくれなんていって、ベットにもぐり込んできたっけ。そんな風に私を知りたいやつなんて初めてだったから全部話してやった。話すのは途切れ途切れで、ベランダからピカピカ光ってくる朝日を二人で見ながら、泣いたり笑ったり、時々押さえられなくなった性欲の塊が自分の股の間から強烈に匂ってきたりした。でもアイツも黙ってあたしの目を見つめてたから絶対ウソとかつけなくて素直に、お母さんに話す少女のようにありのまま話したっけ。自分の幼少の頃の初恋話から、今まで付き合った男のあそこの大きさまで。あたしをおもいっきり抱きしめて愛してくれた人から、 ボロボロになるまで犯された人まで。話し終わったら服を着ているのに、真っ裸にされたみたいになって、自分の中が空っぽなことに気づいてその男の前で思いっきり泣いたっけ。誰かの前であれだけ泣きじゃくったのは、本当に初めてだった。その後でその男が大丈夫、大丈夫なんて言って背中と頭をやさしく撫でたから、私はこうやってこの男にあたしの全部を投げ出せたらどんなに楽になれるだろうと本気で思ってしまった。しかも朝までいたのに、セックスしなかった。ずっと体中舐め合ったり、キスしたりしただけだった。それでも今までのどのセックスより気持ちよくて、彼の舌があたしの中に入ってきた時、一気にとろけた脳がかき回されたみたいになって自分がトロトロの粘膜になったような気がした。


でもその男はすぐに連絡がつかなくなった。何回電話しても電源入ってないし、メールもいっぱい送ったけど、全然返ってこない。だからどうしても会いたくて家までいったんだけど、教えてもらったところに彼はいなくて、ずっとずっと待ってたんだけど、あ、騙されたんだって思うまで本当に長かった。でもなんでアイツ、ウソついたんだろ、そんな必要ないのに、お金もセックスもない関係のウソってどんな意味があるの?おやじみたいに疑似恋愛したがってたわけじゃなかったし、それなりにハンサムなやつだったし、あ、やっぱり映画のためなんだろうか、でもなあ。


ずっとこんなことを絶対帰ってこない家の前の地面に座りながら、グルグル考えてた。結局答えが出なくて胃の下のところに石を入れられた感じに重くなって何回もケイタイ開いて閉じて開いて閉じてしてたらもうそんなことしてる自分がものすごい惨めになってケイタイをぶっ壊したくなった。変な味のするお酒をコンビニで買って抗鬱剤のクスリをながしこんでたら、頭の中に虫がいるような気がして怖くなった。


ずっとずっとお前と一緒にいたいって言ってたのに、さみしかったんだねって色んな汚いところとかも舐めてくれたのに、なんで?どうして?しか出てこない、泣けたらスッキリできたんだけど涙も大事な時に出てこないし、生理も全然ないから不安定になってるんだ、雨が降ってきた、このまま消えたいな、死のうかな、あたしが死んだらアイツどんな顔するのかな、それも小説にするのかな、それだったらそれでもいいかもしれないな、決めた、死のう、死んでアイツの記憶の中で永遠に住んでやる、そう思って何時間も座ってたところから立とうとしたら視界が真っ白になってそのまま記憶がなくなった。



気づいたら白い天井と知らない男の顔があたしを見ていた。だれだっけ、このおやじ。またクスリ飲まされてやられちゃったのかなと思って自分の手を見たら細い管が突き刺さってたから病院だってことはすぐにわかった。まだ意識がはっきりしない時にその知らないおやじがいきなりあたしの頬を平手打ちで殴った。こんなことをするんじゃないって怒鳴られて、初めて会ってあいさつもしないで殴るなんて最低な奴だって思った。殴られてあたしはなんでここにいるのかがだいたい分かってきた時にまたアイツのことを思い出して泣きそうになった。なんだ、あたしここまでしてまだアイツのことが忘れられないんだ、薄い膜があたしを包んでいて、目に見えるすべてのものがアイツに結びつけようとしているみたいだ。もう一回だけ、電話してみようかな、何か連絡ができなかった理由があったかもしれない、ごめん、電話なくしたんだって言い訳するかもしれない、いまごろあそこであたしのこと待ってるかもしれない、ケイタイ、取って、っておやじにいうと、お前のケイタイは壊れてるよと言って真ん中からまっ二つに折れたケイタイをあたしの前に置いた。


それを見たら急に涙が出てきて止まらなくなった。

 

どうしてあの時、おやじの名前を覚えたんだろう、あたしは人の名前なんて絶対覚えられないのに、高橋ってものすごいありふれた名前なのに、すぐにあたしの頭は「たかはし」ってインプットした。タイプでもないしお金持ちにも見えなかったのになあ。


高橋はそれからあたしが泣き止むまでずっといてくれたけど、まったくあたしにふれなかった。ただずっとそこにいて、あたしが涙と鼻水でむせかえっているのをただ黙って見ているだけだった。なんてひどいやつだ、こんなに女の子が目の前で泣いているのに背中も撫でてくれないし、ティッシュもとってくれない、こんな無神経な男がいるからこの世の女の子のあそこはさびしさで埋まってしまうんだ。何も受け入れられなくさせる。


差し出されたのは、高橋の名刺だけだった。何か困ったことがあったら連絡するんだってぶっきらぼうに渡された。すぐにくしゃくしゃにして下に捨てたけど、退院して家まで帰るタクシーの支払いをしようとカバンをあさってたらまた出てきた。なんだ、あのおやじ、弁護士なんだ、金もってんじゃん。ちょっと後悔しながら裏を見たら心理カウンセラーって書いてあった。カウンセラー?思わず吹き出してしまって、禿げたタクシー運転手が振り向いた。カウンセラーがあんな態度だったら、あたしはどんなに死にそうでつらくても相談に行かないよ。

 

でも結局あたしはすぐに高橋に電話してしまうことになった。

 




2009.09.03 Thursday 14:14
カオスtoピンクゾウ comments(0)
ピンクのゾウ(part2)
 この世で大切なもの3本目に入るケイタイをなくしてしまったあたしは、タクシーを降りるなりまずケイタイショップを探した。入るといきなり、若くて胸の大きい女の子がいかにもあなたを待っていましたみたいな笑顔でいらっしゃいませ!と目の前で叫んだので、頭の奥のほうがチクッと痛んだ。でも、こういう時によく使う店員の作り笑顔は嫌いだったけど、その女の子は全然そういう風に見えないくらい、カワイイ笑顔をしてあたしの目を直視した。あ、このコセックス好きだろうなと思って、それから色々説明されてたけど、ずっとこのコはどんなセックスするんだろうとか、男にはどんな声で甘えたり喘ぎ声を出したりしてるんだろうとか、そんなことをずっと彼女の大きい目をみながら妄想してた。あの、お客様はどこにお住まいですか?と記載書類を指差しながら、あたしを上目遣いで見ている。あたしと寝たいんだろうかと瞬間的に思った。レズ経験は高校以来だったけど、このコなら最高にエッチなことができるかもしれないな。

あたしはこの近くだよ、すぐそこ、ほら、あのコンビニの隣のマンションの4階だよ。あ、そうなんだ、あたしもこのすぐなんですよ、へえ、何されてる方なんですか?え?あたし?そうだねえ、しいていうなら肉体労働だよ、ええ?にくたいろうどう?みえなあい、あ、そうか、にくたいってそっちの、あ、いやすみません、ごめんなさい、わたし、あ、え?そんなわけない、あれ?ど、どんなにくたいろうどうなんですか?


今わかったくせに、と彼女のあわてぶりをみて、ニヤニヤした。この子、いじめたい。


柱に縛りつけながら大きく股を広げさせてパンツの上から押し上げるようにバイブを擦り付けたい。


え?あ、そうですか、大変ですね、じゃここにはそこの会社名と、勤務期間を書いていただけますか?あ、はい、そこです。


あたしは会社名に「デリバリーヘルス 不思議の國のアリス」と大きく書いた。


彼女が、3年も、と小さくつぶやいたのを聞き逃さなかった。その時が全世界の変態サディスト女王がムチを握りしめた瞬間だった。


あ?なになに?だめなの?は?いちいちうるさい子だね、なんなの?バカにしてんの?それとも風俗をしらないの?セックスを売ってるの、好きでもない禿げたおっさんのチンコくわえておいしいおいしいっていいながら股をひろげて、あたし濡れてるの!とか言う仕事、しってるよね?なに?それをバカにしてるんでしょ?あたしは仕事なんだよ、あんたみたいにこんなところで気に入られた客に電話番号教えられて、のこのこついていくようなバカじゃないんだよ、そこでなにするんだ?え?あんたみたいにさみしいからセックスしてるやつとはちがうんだ、金も愛ももらえないただの豚だ、ヤリマンだ、あばずれだ、ばーか、なんでわかるんだって?あんたはそんな顔してるよ、毎日毎日セックスしてますって顔してるよ、あんたの髪、あそこの汁の匂いがする。


くせえよ、って言って、髪を掴んで床に倒した。女は今にも泣きそうな顔であたしを上目で見た。全身でゾクッとした。あたしの魂みたいなのが、波のように向こうの方からやってきて全身の隅々まで鳥肌がたって、不思議な涙が出た。殺してやれ、と誰かが言った気がした。



女の短いスカートがめくれ、紫の下着とツヤツヤした二本の足が露になった。あたしはヒールを履いていたから、その先端で床に転がっている女の内側の太ももを思いっきり踏んでやった。オルガズムを迎えたときのようなさけび声が部屋中にこだまして、またあたしの中で何かが爆発した。


おい、そこでつったってる男、あたってるだろ?あたしの言ってることあたってるだろっていってんだよ、あんたもこの女とやったんだろ?


こいつ、くさいだろ?おい、お前、ちょっとこっちに来て裸になれ、お前もやったんならくさいだろうから、裸になってあたしがみてやる。


何も言わない眼鏡の男はちょっと笑っているように見えたけど、あれはたぶんビビってたんだろうな。口が半開きになって前歯がムキッと出て丸い団子鼻はヒクヒクと痙攣していた。


あたしはあとちょっとだと思った。あとちょっとであたしは世界中の変態が崇拝するサドの女王になれる。すべての変態があたしの言葉で支配され、あたしの靴先をペロペロ舐めるんだ。有り難く思え、人間どもよ、あたしの前でひれ伏せ。二度と動けないように固いロープで縛ってやる。


男はすぐにベルトをカチャカチャ動かして、ズボンを下ろし固く突起した先端を出した。


おい、ふざけんなよ、誰がお前の汚いチンコまで見せろっていったよ?ボッキするなんて10年はやいんだよ、ばかやろう、


それで机に置いてあったペン立てか何かをその男のアレに向かって振りかぶって投げつけた。あたし、絶対よけるか手で防ぐかと思ったのに、思いっきり角があそこに当たって赤いのがプシューって、あれはウケたな、そのまんまばったりなもんで女はきゃあきゃあいいやがるし、ああめんどくせえって、でもあとから考えたらコントだな、まったく。最後は散々だったけど、変態女王様ごっこは自分でもけっこううまくいったと思った。



店を出たら野次馬どもが集まってて、数人のおばさんが思いっきりおびえた顔でこっちを見ながらこそこそ話していた。こいつらは本当に病気だな。昔はもてはやされてやりまくっていた女が老いていくのは病気になるのと同じだ。だから、こいつらは不幸な話が大好きだ。自分よりも不幸だと思う人間を踏み台にしなければ生きていけない。こんな女どもにはなりたくない、本当になりたくない。



家に帰ったら、2週間分ぐらいの郵便物が町中のゴミ箱のようにグチャグチャと箱に詰まっていた。いっそ燃やしてしまおうかと思ってライターを取り出したところで、赤と青の枠で囲まれた国際郵便と書かれた手紙が目にとまった。なに?あたし、海外になんか友達いないよとつぶやいてから、雨でペラペラになった手紙を引っこ抜いた。TO MEGUMI なんだこれ?あたしの名前しか書かれてないじゃん。どこからだろ、裏を見ても何も書かれてない。海外までデリヘルはできないしなあ、一人でクスクス笑いながら玄関の前で無造作に封を開けて中身を出した瞬間に倒れそうになった。一枚の写真にあの朝までセックスしなかった男が写っていた。走馬灯のように男の息づかいや、脇の匂いまでが頭の中をかけめぐった。さっきまで世界中から崇拝されるサドの女王まで上り詰めていた自分から、一気に小さな汚い黒い虫になったような気がして発狂しそうになった。


あたしはなんてばかなんだろ。彼はあたしを捨ててなかったんだ、そうだよ、あれだけ愛し合ったんだから、あたしを初めて本気にさせたんだから、もうあたしはすぐに裏切られたなんて思っちゃうから、彼も本気なんだ、あたしを必要としてるんだ。


その時人の心というのがどこにあるかわかった。この震えるような胸の中にいる生き物が器官を通って口から出てきそうになったからだ。心が踊っている。細胞が走りたがっている。ここではないどこかへ、何もかも置いて飛んでいきそうになった。あたしはそれにとてもついていけない。


急に自分が心底汚れているような気がして、この一枚の肌を引き裂いてどろどろの液体を吐き出したくなった。シャワーだ、あたしは今猛烈にシャワーを浴びたいのだ。いっそそのまま水に一体化してどこまでも流れていきたい。あたしはゆっくり渦を巻いてそのまま排水溝の下へと溶けていく、陰毛や精液の掃き溜めのような下水道のドラム缶を流れ、あたしはあなたのもとへゆっくりと流れていく。


 

一人で玄関のドアの前にずっとうずくまっていたことなんて覚えていないのに、そのあたしの前でものすごい形相した男女が金属バットを持って立っていたことなんて知る由もなかった。


彼らは金属バットの先端を朦朧としているあたしの口の中にねじ込み、中へ入れと叫んだ。あ、やばいと思ったのは彼らがさっきのケイタイショップの従業員たちだったからだ。自然に笑いがこみ上げてきたが、ここで笑ったら殺されるなと思ってずっと下を向いて顔の歪みをかみ殺していた。鍵を差し出すと、アレを必死で手で押さえていた男の方が奪い取ってカチャカチャやり始めた。その姿がトイレを急いでいるような姿に見えて、たまらなくなって吹き出してしまった。その瞬間カチャカチャという音が止まり、あたしの髪が掴まれ次の瞬間視界が揺れて気を失った。


2009.09.03 Thursday 22:16
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